【体験談】薬物乱用の恐ろしさを知ってほしい – 3【真人間に戻りたい】

【はじめに】この記事について

この記事は、未来のある人達に薬物乱用の恐ろしさを知ってもらい、一度しかない貴重な人生を棒に振る人を一人でも減らす目的で作成されたものです。

薬物乱用を助長、推奨するものではありません。

※この記事は続編です。初めて読む方は【体験談】薬物乱用の恐ろしさを知ってほしい – 1【大きすぎる代償】から読み始めてください。

【STOP薬物乱用③地獄篇】早く真人間に戻りたい

お酒の勢いで、薬物乱用に手を出してしまった僕を待っていたのは、地獄のような1年半でした。

Kの家から帰り、寝床につくまでの間は、特に大きな罪悪感も何も感じていませんでした。

特に何か異変を感じることもなく、僕はKの家を出て家路につきました。
そして、ラムネに含まれるカフェインのせいで寝付きが悪い中、閉めたカーテンの間から強烈な朝日が差し込む薄明るい部屋でどうにかして眠りにつきました。

次に目を覚ましたとき、時刻でいうとこの時おそらく13時頃(カフェインのせいで大して寝れてない)、
いつもどおりの一日が始まると思いきや、音もたてず地獄は始まりました。

その時感じたことを一言で表すと、猛烈な後悔。

「薬物乱用」

とんでもないことをしてしまった。

彼女にも親にも友達にも、一生言えないようなことを僕はやってしまったんだ。

誰かに勘付かれて、みんなに言いふらされて、後ろ指をさされたらどうしよう。

今まで、なんだかんだビビりで、一生取り返しのつかないようなことはしなかったのに、どうしよう。

お酒の飲みすぎで潰れる、タバコを吸う、そんなことは今までもやってきて、彼女に何回も呆れられてきた(彼女はタバコが大嫌いです)けど、今回ばかりは別だ。

僕は薬物に手を出してしまったんだ。

そんな、今まで生きてきて経験したことのない罪悪感が、ふつふつと僕の心の中に湧いてきました。

今まで、多くの人が自分に向けてくれた優しさや思いやり、期待などを全て裏切って、道を外れてしまった。

その人達に、一体僕はどんな顔をして、何を言えば良いんだろう。

恥すべきことなんて何もないような、真っ当な人生を生きたかった。

そんな、猛烈な自己嫌悪を感じて、僕は、手を震わせながらぽろぽろと涙を落としました。

一人ぼっちの部屋の隅、静寂に耐えきれずテレビをつけると、そこには薬物乱用なんて到底やったこともないたくさんの「真人間」たちが、昨日までの僕と同じ体で生きていました(この表現で上手く伝えられているか不安ですが、当時はこんな感じで普通の人たちが物凄く羨ましく見えました)。

そんな真人間たちを見ながら、「ああ、自分はもうこの人達とは違う体になってしまったのか」という強烈な自己嫌悪に襲われました。

「もう、どうあがいても、薬物をやる前の自分には戻れない。自分が生きてきた23年間、一度も過ちのなかった自分の体を初めて汚してしまった」

「テレビでよく見るヤク中のやばい人たちと、同じくくりの中に入ってしまった。」

「そして、その薬物はどれだけ時間が経っても自分の体から無くなることはないんだ・・・・。」

この、「薬やる前の自分にはもう絶対戻れない感」が僕にとっては一番こたえました。

脳の細胞が物理的に変化してしまっていたらどうしようとか、30年後とかにとんでもない難病になってしまったらどうしようとか、まるで映画「バタフライ・エフェクト」さながらに、自分の軽はずみな行動への後悔と、その不可逆性の残酷さに打ちひしがれました。

そして、その絶望感はその日のうちには収まらず、その後しばらくの間(一年半程度)続きました。

長すぎじゃない?と思うかもしれません。でも本当に続いてしまいました。

友達と遊んでいるときも、彼女と話していても、心のどこかでは常に薬物乱用をしたことを忘れられずにいて、

他の思考が途切れた隙に、「ああ、俺は薬物乱用しちゃったんだ・・、もう普通の人とは違うんだ・・」とすぐに自己嫌悪が顔を出し、呼吸が荒くなり、脂汗が出てくる。

後悔と自己嫌悪を引き起こしている原因=薬物乱用をした事実」これは一生消えない。

そう思いながら、出口のない暗闇の中、段々と僕の心は擦り切れていきました。

もう今だから言っちゃいますけど、あの時はもう軽い鬱みたいな状態になってたんじゃないかと思いますね。

ちなみにここでは自己嫌悪と表現していますが、そこらへんで感じるような自己嫌悪とは訳が違いました。

大抵の自己嫌悪って、なんとか自分の中で「理由付け」をして、その行為の必要性やら正当性やらを考えて落としどころつくるじゃないですか。

なんか、「まあ、次からは気をつけてああはならないようにしよう」みたいな。

でも今回のパターンだとこうはならないんですよ。

自分の体に形質的な変化が起こっていた場合(実際そんなことは起こっていないんだろうが当時はそれを心配していた)、それは一生治らないもの(=解決されない)で、

行為の必要性や正当な理由もない。

例えば、人をあやめてしまった人が、本気でそれを後悔するのと同じなんですよ。

社会の枠組みを外れた、身の回りの大抵の人たちが絶対やったことないようなことをやったときに訪れるのは、再現性がないことにより解決策が見いだせない終わらない孤独。

僕は、自分で自分を殺したんです。

なんだか話がぼやっとしたので、一旦自己嫌悪の過程を具体的に言うとこんな感じ。

「自分の体はもう普通に生きてる人とは違うんだろうな。だって薬に含まれてる化学物質が脳に行って気持ちよくなっちゃったんだもん」

「いや、でもラムネは普通に薬局で売ってるものなんだし、てことは成分も認可通ってるような保証されてる物しか含まれてないだろうし、要するに安全な薬を一気にたった10日分飲んだだけじゃん、大丈夫大丈夫」

「いや、でも一気に10日分って普通にやばいよな、回数でいうと一回3錠だから30回分でしょ?流石に多くない?ドラマとかで自○願望ある人がよくやってるあれやん」

「でももっと○麻とか覚○い剤とか、やばいことやってる奴世の中にいっぱいいんじゃん大丈夫大丈夫」

「いやでも○麻は自然に生えてる植物だからなんとなく体にそこまでのダメージ与えなさそうだけど、ラムネは薬物だし化学的な物質だからなんなら○麻よりやばいんじゃね?」

と永遠に続くわけです。

自分の中で「薬物乱用」の事実をどうにかして正当化して落ち着きたいのに、どんな理由付けをしても完全に「絶対問題ない」という確証が得られないので思考が完結せず、

心配と理由付けの無限ループを起こして結局は「ああ、あの日に戻れたら絶対やらないのにな、戻れないかな、俺ほんとに何やってんだろ」と後悔して自己嫌悪が起こる、みたいな感じです。

世にいうフラッシュバックとは、多分こういうことを言うんだと思います。

とにかく「真人間」に戻りたい。薬物乱用をしていない自分に戻りたい。

20年近く育ててくれた親がこのことを知ったら、どんな気持ちになるんだろう。

とんでもないドラ息子ではあったけど、取り返しのつかないことをした息子を見ていよいよ泣いてしまうんじゃないだろうか。

この時あたりから僕は、薬物乱用をした後ろめたさから誰と話すときでもビクビクしてしまうようになり、「変なヤツだなって思われてないだろうか」と相手を勘繰ってしまうようになっていました。

そして、そんなビクビクしている自分を客観的にみて、薬物乱用が原因で僕は別人になっちゃったんだ・・・とまた悪循環を引き起こし、フラッシュバックを起こす、そんな日々でした。

ちなみにフラッシュバックは、1日中起こっているわけではなく、ふとした思考の隙間で薬物乱用を思い出したときに始まります。

回数でいうと1日平均5〜10回。

一回あたり大体20分くらい続いてその程度はバラバラです。

ひどい時は、電車の中で急に呼吸が荒くなり、過呼吸状態になってしまったこともあります。

あとは、海外旅行のフライト中、真夜中周りが熟睡している静寂の中で過呼吸になったりもしました。

普通海外旅行のフライトなんてもう楽しさしかないじゃないですか。なんなら行きの便ですからね。体調が悪いわけじゃないのに嫌な気分になるなんてこの状況でそんなんありえないじゃないですか。

それでも、隙間に「フッ」と現れるくらい、僕にとってフラッシュバックは強烈で、しつこいくて、辛いものでした。

あと、印象に残っているのは、

ちょいちょい現れるフラッシュバックのせいで、物事をまともに考えられなくなるんですよね。

なので誰かと話しててもすぐ上の空になったり、話してる途中で思考が続かなくなって「おまえなに言ってんの?」状態になったり、

すぐ自分の言ったことはおかしくないか勘繰ったりしてまともに会話が成立しないなんてこともよくありました。

当時の僕の様子について友人に聞くと、「目が別人だった。トロンとしてて、会話もままならないからほんとにおかしくなったのかと思った」と言われました。

社会の枠組みからはみ出した代償は、これほどまでに大きくて、

おかしくなった心はどんどん穴が深くなっていき、

今までの「ふつうの生活」「ふつうの自分」がどれだけ幸せで恵まれていたかを、心の穴の底から見上げるような日々が1年半、続きました。

人格が変わり、日常生活に異常をきたすようになってしまった僕が、

これをどのようにして乗り越えたのか。

そして、この経験を通じで何を学んだのかについて、次回、最終回でお話します。

このコンテンツは薬物乱用の防止の啓発を目的として作成されたものです。薬物乱用は絶対にやめましょう。